三月に入り、そろそろ新入社員を迎え入れる準備に追われている企業も多いでしょう。
今日は、飲みにケーションなどの日本で言う付き合いについて話したいと思います。

 会社絡みの飲み会は日本ではコミュニケーションを図る場として多くもたれますが、
最近は仕事とプライベートという考えも浸透し、好まない人も増えました。
実際、そうした場では無礼講と言いながら、制約もありますし、
声をかけられた時点で断れない事もあり、なかなか難しい部分はありますね。
それに、ある意味ではセクハラ、パワハラの温床になりかねません。
しかし、一方である種の慣習として、そうした場でこそ繋がり、
話し合える仕事もあることはあります。
日本人は建前と本音の文化を持ち、お酒の席では前述した無礼講という事で、
腹を割って話すという事になっています。
実は「お酒が無ければはっきりと話せない。」これが問題だと私は思います。

 よく日本だけがこうした事があるように言われますが、海外でも接待や飲み会はあります。
会社主催のパーティーや部署のバーベキュー、それにプライベートでの家族ぐるみの付き合いなど。
こうした付き合いに、圧力がないかと言えば、
日本よりは少ないと思いますが、全くないわけではありません。
ただ、根本的に異なるのは、一つに、そうしたことは、
会社、仕事での業務の一環として仕事としてそこに組み込まれるか、
完全にプライベートでの誘いとして声がかかるのかがはっきりとしている事です。
だからこそ、仕事に絡んだことであれば業務として認められ、
時間も経費も会社が払っているでしょうし、
そうで無ければ個人の意思で出欠が決められます。
とは言え、全く割り切れているかというとそうでもないようです。
考えてみてください。セクハラ、パワハラはもともと海外からの言葉です。
つまり、そうしたことは付き合いも含め、海外でもあるということなんです。
ただ、もう一つ決定的に異なるのは、文化として、しっかりと自分の意思を示すことが出来、
同時にそれに対する責任も自身が負う事を知っているのです。
契約社会の中で、つとめるのも個人と会社の契約が基本なので、
そういう意味では日本よりも会社と個人はとても対等になっていると思います。
だからこそ、日本と同じように断るには覚悟が必要な時もありますが、
文化としてしっかりと主張するのが身についているのです。
言ってはみるものの、会社や上司もそれだけで有能な人材を手放す事はありません。

 私は日本風の飲みにケーションは全くの無駄だとは思いません。
どうしてもシャイな日本人は、ああした場でコミュニケーションを図り、
お互いの距離を縮める事も必要かと思います。
ただ、今の時代、世代であれば、必ずしも飲みにケーションでなくとも良いと思いますし、
時間やお金も、本当に業務時間の中でなら、会社が負担する事が必要だと思います。
会社によっては今は社内にバイキング形式の食堂を設置したり、
喫茶やBarまで備えている所もあります。
ある意味ではそれが飲みにケーションの進化形となっているのでしょう。

 本音と建て前という事をもう少しとっぱらい、
逆に形だけの無礼講は止め、節度在るでも堅苦しくない場を設ける。
ビジネスとプライベートを意識したコミュニケーション企画を考え、
互いに対等に約束し、話し合えるようにしていけば、
良いコミュニケーションのきっかけになるかと思います。

 そうなれば、今はノンアルコールも充実していますから、
飲めない方もそうした場でのコミュニケーションが取れるかと思います。
また、それを毛嫌いする方も、自分はそれが無くても仕事は出来ると思っても、
仕事は一人では出来ませんから、
相手がそうしたものでコミュニケーションを取るタイプなら、
多少の「おつきあい」をするのも自分の仕事の為でもあります。

だらだらとした飲みにケーションではなく、
新しい飲みにケーションで良いコミュニケーションを取ってください。

そうしたアドバイスも、ここにお受けしますので、
お困りでしたら是非、ご相談ください。